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紫色の月光

紫色の月光

第一話

第一話「チャーハンの為に殺されなければならない男」



 時刻は午後8時半。
 空の色具合は夜空の黒で染まっており、お月様もにこやかに微笑んでいらっしゃる――ように思えるくらい気持ちいい夜だった。

 しかしお月様のご機嫌が良くても、男達の腹具合はご機嫌斜めだった。

「……腹減ったな」

 街中を歩く三人の男たちは、それぞれぐったりとした様子を隠そうともせずに街を照らすド派手なライトに照らされていた。
 正直眩しくて仕方が無い訳だが、今は空腹をどうにかしたいのでこちらの問題は後回しだ。

「誰だっけ? 財布の中身を思いっきりルーレットに使って見事に軽くしたの」

 右の頭部から尻尾のように金髪を生やしている独特の髪型をしている少年のようで少女のような中性的な顔立ちの人物は二人に問う。

「これ」

 その問いに対し、すぐさま犯人を指差したのは三人の一番右側を歩く黒髪の青年だった。
 肩に掛りそうな長髪を後ろに一纏めにしており、Gジャンと迷彩ズボンと言うファッションはこのカジノ街では結構浮いた存在だった。周りのプレイヤーの8割が紳士服なのだから浮いても仕方が無いことなのだが。

「俺は二度と賭けなんかしねぇぞ……だからお願いします許してください二人とも」

 三人の中で一番人相が悪そうな男が即座に土下座してきた。
 ド派手すぎる赤髪のオールバックに片目と頬についた切り傷、そして悪すぎる目つきは何処か死地を乗り越えた肉食動物に見えないことも無い。
 ……見えないこともないのだが、即座に土下座してしまった為にそんな獣のような印象が何もかも台無しだった。

「まあ、何時までも引きずってたら仕方がない。全員の残金で何とかパンの耳でもありつければいいが……エイジ、お前の残金は?」

 黒髪の青年が土下座している赤髪の青年――――エイジに言うと同時、問われた本人は自分の財布を逆さまにして見せた。
 そこから地面に落ちてきたのは何故か穴のついてない5円玉のみという悲しい結果に終わった訳だが。

「実質0、と……シデンは?」

 シデン、と呼ばれた中性的な人物――――判りやすく表現するなら男女は得意げな顔をしてポケットから紙幣を一枚取り出した。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 紙幣を見て思わずシデンに飛び掛る二人。
 どうやら、その場を仕切っていた黒髪の青年もあまり戦力にはならなかったようだ。

「因みに、カイちゃんは幾らかな~?」

 妙に笑顔でシデンは残りの青年――――カイちゃんことカイトに尋ねる。
 すると、カイトは明後日の方向を見て呟いた。

「俺達は、たまには明日を見て生きてみてもいいんじゃないかと思うんだ」

「あ、きたねーぞテメェ! 自分だけ!」

 まあまあ、とその場を仲裁するシデン。
 兎に角、今一番の問題である空腹は彼等の全財産である紙幣で何とかなる。
 ここで争っても時間の無駄なのだ。

「それで、何食べる?」

 シデンが言うと、二人はその場で考える。

「流石に紙幣とは言え、高いトコはアウトだな。高いトコは紙幣一枚で一人分だし」

「なら、行く場所はあそこしかねーな」

 エイジはそう言うと、角にある小さな店を指差した。




 この街に来て1日も経ってないが、貧富の差が激しいことは知っている。
 そしてその貧富の『貧』の字がついた者の為の飲食店があることも同時に知っていた。
 店の名は『ジョン』。何故飲食店の名前に人名が使われているのかは知らないが、紙幣一枚で空腹を満たしてくれるのならこの際どうでもいい。

「らっしゃーい」

 入店すると、店長と思われるおっちゃんが快く出迎えてくれた。
 周囲を見たところ、彼と数人のスタッフで経営されている小さな店のようである。

「メニューはお決まりで?」

「いや、決まってから呼ぶ」

 三人揃って席に座った後、メニューを広げてみる。

「何々……ラーメン、チャーハン……あれ?」

 メニューを広げてみたら、何故かこの二つしか無かった。
 この後に続いてきてもよさそうな餃子の名前も無ければ、裏面にデザートすらない。
 それどころか、裏面にはでっかく『日曜 朝8時から高評放送中の超警官ポリスマンEXを宜しく!』と書かれていた。

「…………」

 何故貧しい者の為の飲食店なのかが何となく判った気がした。
 あまりにもサービスが意味不明過ぎて貧乏人しか寄ってこないからである。まさか店に入って数分しか経ってないのにこんな事実に直面するとは思っても見なかった。と言うか、知りたいとすら思わなかった。

「意外とアレだな……宿敵の『怪盗ババァ』のしわしわな肌とこの艶かしいキャミソールのマッチ具合が何とも」

 ――――はずだったのだが、意外とエイジは嵌っていた。
 どうやら彼は極端な熟女マニアらしい。親友の知らなかった一面を見て、残された二人はちょっとだけ複雑な気持ちになった。

「と、ところでメニューの方はどうする?」

 シデンがこの何ともいえない嫌な空気を紛らわせるようにカイトに問う。
 すると彼はあくまで冷静に判断をした。

「ラーメンもいいが、流石に三人が選んだら紙幣一枚では足りん。ここは明日の事も考えて、安いチャーハンの方を頼むとしよう」

 立ち上がり、店長を呼ぼうと周囲を見渡す。
 すると、店長は自分達の向かい側の席に新しく入ってきた来客の対応に追われていた。

「メニューはお決まりで?」

 ヒヨコマークのエプロンを揺らしながらも、店長が新しく入ってきた客に尋ねる。
 メニューと言っても麺類にするか米にするか程度の選択肢なのだが。

「私はチャーハン」

「僕もチャーハンで……ゲイザーは?」

「俺もソレでいい」

 どうやら向こうの三人組もコチラと同じでチャーハンを頼むようだ。右から順番にテディベア人形を片手で抱えるゴスロリ少女、肌が異様に白い黒マントのイケメン、身体中に護符のような物が貼り付けられている白仮面(あまりにも奇妙すぎる為に性別不明)と並んでいる。
 三人揃って格好が仮装大会状態なのがこちらとの違いだが、そんな事はどうでもいい。向こうがチャーハンを頼むならついでにこちらも注文をしようとカイトは店長に近づいた。

「ほいほい、チャーハン三つと。お客さん運がいいねー。今日はチャーハンの材料この三つでラストだよ」

「何だとおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 だが、向こうの三人組がこちらのチャーハンを貪り尽くそうと言うのならば話は別だ。
 こちらは全力で相手が喰らおうとしているチャーハンを貪りつくさねばならない。空腹を満たす為に。

「待て貴様等。店に入ってきたのは俺達が先だ。故に、チャーハンは俺達が食わせてもらう」

 物凄く失礼な発言をした後、カイトは三人組を睨む。
 威嚇の対象はここでは一番強そうな相手にするのがいい。一番強い奴をぎゃふんと言わせることが出来れば、後は必然的に他の奴等が引き下がってくれるからだ。

「何を言うのですか」

 すると、仮装大会トリオの中の一人――――美白イケメンがあくまで礼儀正しい口調で抗議の声を挙げた。

「先に注文をしたのは我々です。故に、チャーハンを食べる権利があるのは我々だ」

 正論だった。
 しかしこちらもそれに怯んではいられない。今此処でチャーハンを食べることが出来なければ自分達に明日は無いのだ。

「こっちはチャーハン食えないと明日がない状態なんだ。貴様等のような見るからに金のありそうな連中は少し金のかかるラーメンを食っとけ」

「と、言ってますが如何しましょう?」

 イケメンはどこか困ったように笑みを浮かべつつも残りの少女と仮面の二人に言う。
 だが、二人からの反応はない。少女の方はテディベアと戯れていてこっちは眼中にはない。白仮面の方は仮面をつけている為に表情は見えないのだが、まるで石像のようにピクリとも動いていなかった。

「やれやれ……二人とも。僕はあまり面倒は好きではないのですが……」

 一旦肩を落すと同時、やれやれ、と手を困ったように振る。
 どうやらこちらの三人組は実質このイケメンが交渉担当のようだ。後の二人が単純にどうでもよさそうにしているのもあるのだが。

「仕方がありません。僕は無駄な争いは好みませんので、ここは引いて置くと――――」

「待て」

 イケメンのありがたい提案を切り捨てるようにして先程まで無関心の状態を貫いていた白仮面がずいっ、と前に出てくる。
 
「カイン、貴様は何を言っているのかわかっているのか?」

「何……と仰られますと?」

 カイン、と呼ばれた美白イケメンは妙にイラついた口調で物を言う仮面に尋ねる。
 すると、白仮面はどこから取り出したのか、自身の身の丈ほどもありそうな巨大な『剣』を抜き出し、その刃先をカイトに向けた。

「俺達のルールは一つ。『勝者には幸福を。弱者には死を』。貴様が言った提案はこちらの無条件降伏でしかない」

「ですが、彼らには僕等のルールは――――!」

 カインが言い終える寸前、白仮面は風になった。
 両手で握られた巨大な剣は既に獲物をロックしている。

「ゲイザー!」

「カイン、俺は勝者でなければ納得はしない!」

 ゲイザー、と呼ばれた白仮面に標的にされつつもカイトは思う。
 何でチャーハンの取り合いで剣向けられるハメになったんだろうか、と。

「まあ、仕方が無い」

 だが、刃を向けられた状況でもカイトの頭は冷静だった。
 何故ならば、

「!」

「え――――?」

 カイトにとって、ソレはあまりにも『スロー』に見えたからだ。
 彼がやったことはゲイザーが振る縦の斬撃を横に移動することでかわすという、とてもシンプルな物だった。
 
「ほう」

 しかし、その行動はゲイザーの興味をそそるには十分すぎた。
 まさかこんなシンプルな店で難癖をつけて来るような一般市民(?)が自分の斬撃をかわしてくるとは微塵にも思っていなかったあらである。

「どうやら只の出来の悪い客とは違うようだな」

「そいつはどーも」

 ゲイザーが言うと同時、カイトはどうでもよさそうに近くにある椅子に座り込む。
 
「こんな辺境の世界で、まさか俺の剣を避ける男が居るとは。この世界の男は皆、そうなのか?」

 ゲイザーは仮面越しではあるが、何処か活き活きした口調で尋ねてきた。
 しかしその問いに対し、尋ねられた張本人はあくまで無関心そうに返す。

「知らん」

「そうか。なら貴様が『戦える者』と言うことか」

 言い終えると同時、ゲイザーは再び剣の刃先をカイトに向ける。
 
「貴様、名は?」

「山田・ゴンザレス」

 何だか嫌な予感がしたので、本名は誤魔化しておいた。
 先程からゲイザー、と呼ばれる白仮面は最初とは打って変わってこちらへの興味津々である。当たると痛いからと言って、彼の攻撃を避けたのはある意味不味かったかもしれない。
 何よりもカイトは面倒ごとがあまり好きではなかった。

「ゴンザレス、俺と勝負しろ」

 ほら来た。
 しかもあっさりありえない偽名に引っかかってくれた。

「ゲイザー!」

 だが、その間に割って入ってきたのはカインだった。
 彼はあくまで温厚に物事を済ませようと考えているらしい。

「僕たちが此処に来た理由は、彼に個人的な戦いを要求する為ではありません。あくまで格安の値段でチャーハンを食べる為でしょう!?」

「確かにその通りだ。だが、俺の願いはあくまで『勝利者となること』。ゴンザレスを殺し、勝利者としてこの俺がチャーハンを食すのだ!」

 どうやらチャーハンが大好き過ぎる為に自分は殺されなければならないらしい。
 ここまで言われるとある意味呆れてくる。

「おいカイト」

 すると、後ろからエイジとシデンが近づいて来た。

「何面倒な事やってんだオメーは」

「そうだよカイちゃん。ここは逃げた方が……」

「つべこべ言わずにぶっ潰せあんなお面! そして、勝利者として俺達がチャーハンを食う!」

「エイちゃーん!?」

 どうやらエイジはこの展開を受けて立つつもりでいるらしい。
 流れからして実際に戦う羽目になるのはカイトこと山田・ゴンザレスなのだが。

「シデン、どちらにせよあのトリオを何とかしないと俺達は飯にありつけないのは確かだ。イケメンの方はまだ話が判るようだが、仮面の方はそうもいかないらしい。後、重度のチャーハン病らしい」

「カイちゃん……」

 そうなると問題になるのは残りのテディベア人形付属少女である。
 先程から彼女だけが騒ぎに参加しようとせず、あくまでじっ、とこちらを見ているだけだった。

(テディベアの方は動こうともしない。あくまで見ているだけか……?)

 それならばせめて飯を譲ってくれるか否かの回答くらい欲しいものだ。
 仮にゲイザーを何とかしたとしても、後で文句を言われたらまた話がややこしくなるだけだからだ。

「…………」

 様子を眺めた為に、一時的に目が合う形になった少女とカイト。
 その瞬間だった。

「!?」

 少女の氷のような表情が、一瞬にして歪んだ。
 まるで三日月のような笑いを浮かべているのだが、その笑みからは一種の不気味さを感じた。
 
(あれは何の笑みだ……? 歓喜?)

 カイトは今まで様々な他人の笑いを見たことがある。
 爆笑、冷笑、失笑、苦笑、喜びをそのまま表現する笑み等様々だ。

 だが、少女のこの不気味な微笑みを表現するとすればそのどれにも当てはまらない。何故なら、その全ての笑みを足した『複雑な感情』が見え隠れしていたからだ。
 人間観察は彼の趣味の一環ではあるのだが、ここまで感情が不安定な笑みはそう見たことはない。
 長い間閉まっていた物が一気に爆発した――――表現するならそれが一番適切なような気がする笑みだった。

「ゲイザー、カイン」

 そんな事を考えていると、少女が連れの二人に向けて口を開いた。
 
「その男に『ケースX』を適応させる」

「え……?」

 その言葉に真っ先に反応したのはカインだった。
 明らかに動揺している。その瞳には心なしか『何故』の文字が浮かび上がってきている気がした。
 一方でゲイザーはカイトに顔を向けているだけだった。こちらはあくまで仮面で顔を覆っている為にどんな感情が見え隠れしているのかは判らないが、カインの様子から判断すると彼も納得はしていないのだろう。

 だが、カイト等にとっては理解不能な状況ではあった。

「何だ? 『ケースX』って……」

 彼等の反応が変わったのはこの単語が出てきてからだった。
 しかも自分に向けて適応する、とまで言っている。

「まーたややこしい事態になってきたぜ……」

「その通りです」

 エイジがそう呟くと、カインはその言葉に同意した。
 見てみると、彼は本当に困ったような表情をしている。

「ですが、おめでとうございます。えーっと……山田・ゴンザレスさん」

「何が?」

 名前で色々と台無しになってる気がするが、本名は名乗るつもりはないのでこのままにしておく。
 問題は彼の言う『おめでとう』の意味だ。

「貴方は『彼女』の目に留まった……何故だかは知りませんが、これから宜しくお願いしますね。後の事で色々と面倒な手続きがあるのが僕としては勘弁して欲しい訳ですが」

「待て。貴様等で勝手に話を進めるな」

 会話のキャッチボールしようぜ、とカイトが言う。
 先程から彼らは自分達の都合しか話を進めようとしない。これでは会話の一方的なノックではないか。

「要するに、貴方は助かるんです」

「……何から?」

 要するに、と言われても前の話から予想だにしない単語じゃないか、とは突っ込まない。
 何から助かるのかと言う、大きな疑問があったからだ。
 
「それは――――」

 そこまで言いかけた、その時だった。

「何、貴様等まだ言い争っていたのか!?」

 厨房からチャーハン三つを器用に持ちつつも、店主が顔を出した。
 先程からどうも見かけないと思っていたら、何時の間にかチャーハンを三つきちんと作っていたらしい。
 
「おお……!」

 だが、店主が持ってきたチャーハンを眼にして明らかに態度が変化した者がいた。
 ゲイザーである。

 見れば、鎧で覆われた身体はチャーハンのにおいに誘われているかのように震え始めており、仮面にいたっては心なしか光っているような気がする。
 どうやらよほどチャーハンが食べたいらしい。

「山田・ゴンザレスよ。貴様にかけられたケースXなんぞ最早この俺にはどうでもいい事」

「あ、どうでもいいんだ」

「いやいやいや、どうでもよくないですから!」

 目の前で命令を切り伏せようとしないで下さい、とカインが言うがゲイザーはお構い無しである。
 彼は先程までカイトに向けていた剣を構えなおすと同時、戦闘態勢に入る。

「いいだろう、ゲイザー。やってみるといい」

 すると、先程ケースX発言をした少女はゲイザーに戦闘許可を出した。
 ソレは詰まり、殺してもいい、と遠まわしに言っているのと同じである。

「ここで死ぬのなら諦める。だが、もしもお前をやり過ごせるのならばそのまま彼にケースXを適応させる」

「了解した」

 承認の合図を送ったと同時、ゲイザーが動いた。
 その行動は持っている剣を目の前にいる敵に向けて突き出すという、実にシンプルな物だった。
 だが、先程の攻撃とは明らかに違う物がある。

(はええ!)

 向けられた矛先を目の前に感じつつも、カイトはそう思わずにはいられなかった。
 先程の斬撃と比べればその差は歴然としている。多少オーバーに表現するならばウサギと亀を通り越してチーターと亀と例えてもいい。
 
「もらった!」

 ゲイザーが吼えると同時、突き出された矛先がカイトの右頬に命中。
 そのまま顔を一気に突き刺さんとする勢いで更に力をこめてくるが、

「!」

 突き入れていた筈の剣がその動きを停止した。
 ゲイザーが動きを止めたわけではない。現に彼は未だに剣に力をこめている。しかし剣は其処から先に進もうとはしない。

 理由は簡単だった。

 切っ先で頬を裂かれている状態で、カイトがゲイザーの剣を『掴んでいた』からだ。
 文字通り剣を掴んで放そうとせず、片手の力だけでゲイザーの両手の力と均衡を保っている。
 
「く……っ!」

 しかしそんな大胆な行動をしたにも関わらず、カイトは内心焦っていた。
 少しでも反応が遅れていたらそのまま顔を貫通して『痛い』じゃ済まなかった事もある。
 しかし一番の問題は剣を掴む右腕――――機械の義手がまともに機能してくれるかどうかだった。

(結果は……オーライってところか)

 彼が取ろうとした行動は機械の義手を使ってのガードである。
 ところがガードの体勢を取る前にゲイザーの矛先は自分に命中していた。結果的にはソレを掴むことで致命傷を避けることにはなったのだが、

(危なかった……!)

 しかし、一時的に動きを止める事が出来ても相手が次に何か行動を起こそうとするのなら話は別だ。
 今は奇跡的に力の均衡を保てている為にゲイザーは動いてくれない訳だが、何時までもそうしているわけがない。時間をかければかけるほど不利になる。
 更に今は大人しくしているが、カインと命令を出す少女が何時動いてくるかも判らない。今はゲイザーに集中している為にその場合はコチラも連れに動いてもらうしかない訳だが。

 それならば取る行動は一つ。

 目の前にいるお面を捻じ伏せる事だ。

「返す!」

 それだけ宣言すると、剣を掴んでいる方の腕を放さないまま『移動』を開始した。
 もしもこの腕が皮膚ならば今頃出血が酷いことになっているのだろうが、幸いながら今は鋼鉄の腕。コレを利用しない手はない。
 動作自体は単純。ゲイザーの剣を文字通り掴んだ状態で前に突き進む事で、彼に剣を振るわせない。それだけの事だ。

「よっしゃ、やっちまえ!」

 懐に入り込んだと同時、エイジが握り拳を突き上げつつも叫んだ。
 
(言われるまでも……!)

 単純に移動したといっても、その速度は尋常ではなかった。
 その為、ゲイザーもすぐに剣の柄を放すことが出来ない。否、反応できなかったというのが正しい。
 
 そしてそれだけの隙さえあれば、十分だった。

「!」

 空いてる方の皮膚の握り拳。
 振り上げられた鉄拳がゲイザーの顔面に炸裂した。

「ぐお……っ」

 ゲイザーは全身を鎧で覆っており、尚且つ仮面も装着している。
 当然、顔面に拳を命中させるという事はこの仮面に攻撃する、と言う事にも繋がってくる。

「浅かったか」

 一回舌打ちをすると、カイトは後退。
 ゲイザーのリーチに届かない位置で彼の受けたダメージを確認した。
 彼に与えたダメージは仮面により普段よりも手ごたえは無い。だがそれはあくまで『普段』ならの話だ。

「あら、ヒビが入ってる……」

「オメーの鉄拳でアレかよ。半端ねー固さだこと」

 横に居るシデンとエイジが素直に仮面の固さを賞賛した。
 普段彼とつるんでいる二人はカイトと言う男の握り拳の破壊力を知っている。時には身に染みているほどだ。
 だが、そんな身に染みている破壊力もゲイザーの仮面を完全に破壊することは出来なかった。ヒビが入ってはいるが、そのヒビも全体に渡って響いているわけではなく、殴られた部分が僅かに響いた程度。

(本気で顔ごと破壊するつもりだったが……意外と固いな)

 そうなると当然、仮面の奥にあるゲイザーの顔面までそんなにダメージは届いていないという事になる。
 せめてもう少しは手ごたえが欲しかったところではあるのだが。

「面倒くせぇ……次で確実に――――」

 そこまで言った、その時だった。
 
「合格」

 単調な少女の声がその場を支配した。
 三人が振り向くと、其処にはテディベアを抱えたままコチラを見る少女の姿がある。表情はあくまで無であるために何を考えているのかは良くわからないが。

「ま、まだだ!」

 だがその言葉に反発する声があった。
 ゲイザーである。彼は剣を握り直すと同時、カイトを睨むようにして相対する。

「俺はまだ、負けてはいない!」

「ゲイザー・ランブル。お前の意見は聞いていない」

 しかし少女はゲイザーの言葉を迷うことなく切り捨てた。
 どうやら彼女はこの勝負をカイトの勝ちと認識したらしい。

「正式にケースXを発動させる。カイン、連絡をしておけ」

「判りました」

 答えると同時、すぐさま携帯電話を取り出して誰かと喋りだすカイン。
 怪訝そうな目でその姿を見るカイトだが、そんな事よりも気になることがあった。

「……で、結局俺は飯が食えるのか?」

 確か、自分がこんないざこざに巻き込まれた原因はチャーハンを食べれるか否かであったはずだ。
 この問題が解決しない限り、これ以上のいざこざの世話になる気はない。

「ええ、食事はちゃんとしたものが出ますよ。――――ただし、此処ではありませんが」

「何?」

 言い終えると同時、カインは携帯電話越しに誰かと喋り始めた。
 だが、彼の代わりに前に出て話を進める者がいた。テディベアを抱えたままでいる一番偉そうな少女である。

「お前は我々と共に来てもらう。詳しい事は帰ってから話そう」

「何?」

 ちょっと待て。
 この少女は何ていった?

「何故お前等と一緒にどっか行かなきゃならんのだ。残念ながら俺達はまだ家に帰る途中なんだが?」

 疑問点と反論があったのでセットでぶつけてみた。
 しかし、少女はあくまで淡々と答える。

「ケースXは決定事項だ。反論は許されない。それに――――」

 其処まで言うと同時、少女は口元に笑みを浮かべた。
 
「上手く行けばお前は目的を達することができるかも知れんぞ?」

「何――――?」

 その笑みにどんな意味が込められているのかは知らない。
 だが、その言葉には興味を引かずにはいられなかった。

 どうしても達しなければならない目的があったから――――

「ペルセウス」

 思考を回しているその瞬間、少女の声がまたしてもその場を支配した。
 前を見ると、自分たちと少女の中間の位置に黒い渦が渦巻いている。だが、さっきまでこんなものは何処にもなかったはずだ。

「ケースXを適応させた男を連れ帰る。残り二人はどちらかが人質、どちらかは邪魔なら叩き潰せ」

 少女が言い終えると同時、黒い渦の中から漆黒の四肢が姿を現した。
 まるで穴の中から這い出るようにして黒い渦から出現したその姿はゲイザーと同じく全身鎧の仮面の者だった。
 ただ、鎧の形状が細かい部分でゲイザーとは違っており、尚且つ左腕には盾が装着されている。中央に鏡が備わっている為、恐らくは装飾品の類だろう。

「御意」

 それだけ言うと、ペルセウスと呼ばれた鎧は渦の中から一気に飛び出した。
 飛び出した先に居るのはカイトである。彼はすぐさま迎撃体勢に入るが、

「!」

 ペルセウスはカイトよりも先に、シデンに顔を向けていた。
 すると、ペルセウスは左腕に装着された盾――――その真ん中にある鏡を無言で彼に向ける。

「え――――?」

 自分を見て、何かをするつもりだと思ったシデンはその行動に一瞬躊躇した。
 彼は既に腰に装着していた銃に手をかけていたのだが、相手がしてきたことは鏡に自分を映しただけ。
 コレに一体何の意味があるというのだろうか?

「シデン、足が!」

「え!?」

 エイジに言われて自分の足を見る。
 すると、自分の足が光の粉となって霧散していき、ペルセウスの鏡の中に吸い込まれていっている光景があった。
 いや足だけではない。見れば足から先の五体全てがまるで侵食されているかのようにして光の粉となって鏡の中に吸い取られていく。

「あ、あ――――」

 カイトとエイジが血相を変えてシデンの下に駆けつけるが、駆けつけたところで何ができるというのだろうか。
 二人は兎に角吸い取られていく光の粉をかき集めようとするが、ペルセウスの鏡は掃除機状態である。とてもじゃないがかき集められそうにない。
 そしてこうしている間にも、シデンの身体は光になって消えていく。

「なろぉ!」

 すぐさまソレを理解すると、行動は早かった。
 カイトとエイジは真っ直ぐペルセウスに向かって突撃。互いの鉄拳をそれぞれペルセウスの身体に打ち込むが、

(き、効いてない!)

 さっきはヒビだけでしか入らなかったとは言え、ゲイザーの仮面にダメージを与えることには成功している。
 しかしこの漆黒の鎧――――ペルセウスは微動だにせず、鎧には傷一つ付いていない所か本人へのダメージは全くない。

「くっそおおおおおおお!!」

 吼えると同時、エイジがペルセウスに飛び掛る。
 だが次の瞬間、ペルセウスが右腕で飛び掛る彼の首を掴み、そのまま床に叩き付けた。

「エイジ!」

 親友がやられた姿を見たカイトは思わず突撃していた。
 既にシデンの五体はペルセウスの鏡の中に光の粉となって取り込まれてしまった。
 そしてエイジはそのペルセウスに虫の息状態。

 今、二人を助ける為にはこのペルセウスをどうにかするしかないと判断したカイトは自然とペルセウスに襲い掛かっていた。

 だが、

「がっ――――!」

 真後ろから背中に向けての激痛が走った。
 ゲイザーによる蹴り攻撃である。剣を使わないのはあくまで彼が少女の命令に従っているからだろう。
 先程の彼の苛立ちを考えれば、剣を使ってすぐにでもカイトを切り殺してしまいたいはずだからだ。

「くそっ」

 不意打ちでダウンした状態からすぐさま起き上がってペルセウスに再び襲い掛かろうとするカイト。
 しかし、ゲイザーがソレを許さなかった。
 彼は鞘から抜刀した状態の剣を思いっきりカイトの右腕に突き刺し、彼の自由を奪う。

「―――――!」

「悲鳴を上げないのは立派だ」

 突き刺されたのは掌。その中央だった。
 剣で突き刺されている状態とは言え、それは床に右腕を打ち込まれた状態と変わりはしない。

「シデンをどうした……?」

 下から睨みつける形でカイトはゲイザーとペルセウスに問う。
 しかしその質問に答えたのはゲイザーでもペルセウスでもなく、命令を出している少女だった。

「まあ、待て。今から出す」

 少女はそう言うとテディベアの人形をペルセウスの前に突き出す。
 ペルセウスはそのテディベアを受け取り、人形に向けて鏡を掲げた。

「ま、まさか……!」

 そのまさか、だった。
 鏡の中に吸い込まれていたシデンの五体を形成している光の粉。それらが鏡の中から溢れ出すと同時、今度はテディベアの人形にソレが吸い込まれていくではないか。

「彼は人質だ。お前の態度を見る限り、あまり積極的に他人についていくタイプではないようだしな」

 テディベアに光の粉が全て吸い込まれたと同時、少女がテディベア人形をカイトの前に突き出して言う。
 
「さあ、どうする? 友達の命運はお前の返答次第だ」

 我々と共に来るか、否か。
 共に来るなら今は友の安否は保障する。
 だがもしも断るのなら――――

「……判った。ついていく」

「賢明な判断だ」

 期待通りの返答が帰ってきたらしく、少女は偉くご機嫌な様子だ。
 しかし人形をカイトにあげようとは考えていないらしく、すぐさまカインの方に振り向いた。

「何時始まる?」

「2時間後……緊急時を視野に入れると、戻るなら今すぐに戻った方がいいかと思います。残念ながらチャーハンは今度になりますね」

 ならそうしよう、と答えると同時、少女はペルセウスとゲイザーに指示を与える。

「お前達はまだ暴れるかもしれないその男を見張っておけ」

「もう一人の方はどうする? まだ生きてるぞ」

 ゲイザーがエイジの方を見る。
 先程ペルセウスに首を捕まれてそのまま力任せに捻じ伏せられた彼だったが、まだ息はあった。
 だが頭から床に叩きつけられた為か、今は気絶している。

「そっちは放っておいてもいい。私が欲しかったのはそっちじゃない」

「判った」

 そういうと、ゲイザーは差し込んでいた剣を引き抜き、カイトの身体を無理矢理起こす。
 本当なら此処で暴れてシデンを取り込んだテディベアを奪還したいところだったが、目の前のペルセウスがそれをさせてくれそうもない。
 先程のエイジとの一件を見ればペルセウスとこの状況でやりあうのはナンセンスだと彼の頭は判断していた。
 何といっても他にゲイザー、未知数のカインと少女が居る。彼ら全員をやり過ごしてシデンを取り戻すのは至難の業だろう。
 更に、シデンを元の姿に戻す手段もわかっていない。

(此処はチャンスを待つしかない、か)

 そのチャンスが何時巡ってくるかは判らない。
 だがこの場で不用意に暴れて全てを台無しにしてしまうよりはマシだ。
 なんといっても、それでは彼の『目的』を果たすことは出来なくなる。

(すまんエイジ、俺達の家に帰るまで少し時間がかかりそうだ。それまで待っててくれ)

 未だ気絶してその場で寝込んでいる親友を見つつも、カイトは消えていった。
 



 続く


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